ひよこ日記 第18節

※久保田麻衣のデニムの半ズボン (冬でも半ズボンです)


 81、昼食タイム

 コンテナ付近で女子部員は昼食になった。もっとも、時間的には朝食に近いのだが。メロンパンは、スーパーで特売してるような中がほとんど空洞で、食べる部分が空気という怪しいパンとかではなく、ちゃんとパン屋で焼いたような重量のあるメロンパンで、これは美味しいぞと見ても分かるパンだった。大人の男性なら不満のある量かもしれないが、「こどものメスの餌」(行きのバスの中で副顧問がそう言っていた)にしては量は十分だった。ジュースと一緒にぼくが食べると、普通の腹八分目の昼食という感じで、大きな不満のない量だった。

 どうして量ばかりにこだわってるのかというと、人のいる空き地で(少しだけ離れて、面白い見世物として、まだ10人くらいの人が見ていたのと、コンテナからバスターミナルの人との距離は割と近くて、大勢の人に見られてる感覚が強い)、衣類すら持っていない女子が素っ裸にされてるのだから、落ち着かない気分が強くて(それなりに緊張もしていたようだ)、後で空腹になると嫌だからもごもごと食べただけで、ほとんど味が分からなかったのだ。それから朝食もパンだったので、朝もパン、昼もパンということで、あまりパンに対して執着心もなかったこともある。でも、運動して頑張ったせいか、喉が渇いていたので、ジュースは酸が効いていて美味しいと思った。学校の体育館前で登校時の体操着などを全部脱いできたせいで、昼食タイムですら、素っ裸にされている恥ずかしさとかエッチさが強くて、自分の体とか自分の性器の方へ意識がいってしまうので、この幼児用のような空き地である程度普通に昼食して「美味しい」と喜んでいたのは、一番小さくて雰囲気も「こども」(そういうアダ名だった)の小川と、何でも楽しもうというバイタリティーのある華子くらいだった。小川はぼくの目から見ても「ねんねちゃん」で、外見も幼い(可愛いという意味でなく、低年齢に見えるという意味)し、言う事も幼いと思う。今日、全裸にされてるのだが、感覚的には幼児が全裸運動会で全裸にされて親と昼食してるような感覚に近いのかもしれない。親はいないけれど、ランボもお友達もいるので、安心して食べてるだけなんだと思う。華子はあまり説明する必要はないと思う。外見は幼児みたいにツルツルにされて、そのせいか気分も幼児気分みたいにされていても、実際には女子中学生らしく緊張してる面もあるんだと思う。ここで全く幼児同様に、「わーい、メロンパンおいちいよー」と元気一杯だったら、逆に成長してないということなので、かなり恥ずかしいと思う。でも、みんな緊張気味に食べてるせいか、食べてるみんなは、とても幼く見えた。これでは幼児と勘違いする人もいるわけだと思った。椅子がなく、というか施設の何もない空き地にすぎないので、立ち食いだったが、もちろん土の上にしゃがんで食べることもでき、実際に華子や小川などは、しっかりと体育すわりで、メロンパンを食べていた。ぼくは立ったまま、急いで食べ物を食べたかんじだった。水分不足なら水道の蛇口があったが、秋風が吹く季節で、夏ほど汗が出ないせいか、ジュース程度だけでも我慢できないほど喉は乾いていなかった。生水は腹を壊しそうな気がしたので、飲んでいる子もいたがぼくは飲まなかった。

 「美味しいメロンパンなのら」

 「そうだね。ラーちゃん、メロンパン好きなの?」

 「うん、ふわふわしてるな。今日の空の雲みたいなのら。でも、だいぶ雲が増えてきたのら」

 「そうだね、天気が下り坂らしいから。でも、このくらいの雲なら、きょうは降らないよ」

 「美味しいのラ。ふわふわふわの、とろとろとろーなのらー」

 「ねえ、吉田、大丈夫だったのかな」

 「分からない。でも聞いた話では救急車には乗らず、幼児バスに乗せられて学校へ戻ったという話なのら。だから病院へ行く状況でないというのは間違いないと思う。病院へ行く状況なら、救急車に乗せられてるわけだから…」

 「そっか。たいしたことないのかな」

 「ランボは、さっき白木に訊かれて、『まだ原因も状態も分からないからミーティングで話す』と言ってたみたいなのだ」

 「へえ」

 ミーティングで話すと言ってるのだから、それ以上考えても時間の無駄のようだ。吉田とはあまり仲良くもなかったが、敵対してるわけでもなく、あまり興味のない部員だったが、僕の隣で倒れられたので気になっただけだった。誰だって、自分から至近距離で、発表中にいきなり目の前で倒れられたら気になるのは当然だと思う。何があっても踊りを止めないように言われていなければ、思わず駆け寄っていたところだと思う。

 と、ここまでは普通の平和そのものな発表会の昼食タイムなのだけれど、全員が食べ終わり、ゴミを大きなダンボール内に収めた後に、≪えーっ≫と悩んでしまう事態が起こった。もっとも、えーっと思ったのはぼくだけなのかもしれないが。みんなは、諦めたように頷いただけだったので。

 ランボはゴミを入れた大きなダンボールを封印すると、もう一つの小さなダンボールを開封した。ダンボールは2個あったので、もう1個は何なのかなと興味があったので、開封するのは好奇心を満足させるはずだった。

 「みんな、このグランドにはトイレはない。そしてミーティングで話したように、発表が全部終了するまではグランドを出てはいけない。だから、お前らは、うんこは我慢しろ。でも、発表中にオシッコされても困るから、ここにオマルがあるから、ここにオシッコはしていい。みんな水は飲んでないようだし、したくない子はしなくていい。しなくても、余りしたくならないだろう。ただ、出せるのは今だけだ。もう、このオマルはしたら片付けるからだ。後で、したくなった子は我慢しろ」と、いきなり言われた。した方が無難なのは分かる。今はあまりしたくないけれど、後からしたくなると辛いと思う。でも、素っ裸で空き地でするなんて、幼児並みというよりは、幼児以下だ。ためらうのは当然と思う。

 「バスターミナルからは見えないように、コンテナの陰に置くから、みんな出しておけ」と、更に言われた。

 「5分後には片付けるからな」

 「私します」と、部長だから率先して部員のお手本にならないといけないと思ってるのか、白木が言い、すぐにオシッコしていた。でも、紙がないので、手で拭いているのが見えた。どうするのかと見ていたら、蛇口でその手を洗っていた。蛇口から水を出しても排水溝に落ちるので、周囲が濡れることもなく、簡単な設備の割には実用的なようだ。

 別の子も排尿したが、緊張してるのか、なかなか出ないので時間がかかっていた。20秒くらい、おどおどしていて、ようやくチョロチョロと少し出るかんじだった。時間がかかってるのを見て、急いでオマルの列に並ぶ子もいたが、我慢しようと決めた子もいたみたいだった。ぼくは後で我慢できなくなり失禁したら逆に恥ずかしいと思い、中途半端に列に並んだ。前に6人くらいいたと思う。そうしたら、ぼくの前の子で5分が経過してしまい、そのまま密封されてしまった。これでは、並んた子グループの子として、幼稚っぽく思われたのに、並ばないグループと同じで排尿はできなかったのだ。やるならやる、やらないならやらないにしないと、中途半端な行動をすると損をするという教訓を得た気がした。

 その時点では尿意はなかったのに、その後すぐに、ジュースを飲んだせいか、軽い尿意を感じてしまい、≪まずいな…≫と思った。でも、いまさらどうにもならなかった。ランボには「こどもだから、我慢できないなら、失禁してもいいぞ」と言われたが、そんなこと出来るわけない。

 「じゃあ、これから俺は大事な用事があり、ターミナルのバス利用で中学校に一度戻り、夕方の発表時間の5分前にここに戻る。それまで裸の女の子だけでは危険なので、ミーティングで話したように、コンテナで休んでもらう。コンテナのドアは防犯のために閉鎖して施錠しておく。だから、誰も入ってこれないから安心だ。それからドアを閉めても、昼間なら、ドアとコンテナの間に隙間があるから、内部は真っ暗にはならない。満月の夜道くらいの明るさと思えばいい。だから、中では何も見えないということはない。安心していい。それから、内部は小さなコンテナに見えてもそこそこ広いから、疲れてる子は座っていなさい」

 「はい」

 コンテナハウスと思っていたら、ただの貨物用コンテナだったので、がっかりしたが、入るしかない。入らないなら、多分、お仕置きで、今ある尿意はなくなるだろうと思う。みんながゾロゾロ入るので、ぼくも仕方なく黙ってコンテナに入った。戸を閉められると真っ暗で何も見えなかった。施錠される音がして、ドアが開くか動かしてみたが微動もしなかった。女子の細い腕では、ドアは1mmも動きそうもなかった。なんとか座れるくらいのスペースはあったが、人数が多いので寝るのは無理そうだった。目が慣れると、ドアの隙間から光が入ってきてるのが分かったが、満月の夜道というよりは、半月の夜道くらいの明るさだったが、新月のように漆黒の闇というほどでもない。女子たちの姿はなんとなく見えるのだが、顔の表情が分かるほどは明るくなかった。鍵を閉めると、外の話声はよく聞こえた。

 「こんな場所に閉じ込められて、可哀想に」

 「外へ出しておくと、小さい女の子だから、誘拐されたり、どこかへ行ってしまうからではないのか」

 「そうなのかな。素っ裸でどこかへ行くかな」

 「こどもだから、素っ裸でも、どこでも行くだろ」

 なんか幼児がコンテナに入れられてるみたいな内容の声が多い気がした。コンテナの中は大勢の全裸の女子中学生の息で、二酸化炭素が多い気がしたが窒息しないので、隙間から空気が入れ替わってるんだろうと思った。

 「全員座ると窮屈だから、元気のある女子は立ってください」と追加組の部員の声がした。人生に不満の多そうな子だった。追加組で運動会を欠席した子は全員がバレーボール部へ移籍したが、この子はあっけらかんとした子で裸なんて余り気にしない乱雑さがあったので運動会には出席したみたいで、そのために残留組となった。残留組はすぐに怒って他の女子部員を髪をつかんできたりするので、余り関わらないようにしていた。残留組の声はしたけれど、みんな無視してる感じで何の反応もなかった。部員同士で喧嘩すると副顧問に半殺しの体罰をされると知っているのか、残留組の女子は無視されたけれど、それ以上は何も言わずに黙っていた。半殺しの体罰というのは、部室のコンクリートの壁に自分で自分の頭をぶつける体罰のことで、コンコンと音がするので、コンコン体罰と言われてるものだった。コンクリートに上には薄い壁紙があるし、薄いコンクリートなので、よく音は響くのだが、音が小さいと「やり直し」と言われるので、かなりの強さでコンクリートに頭突きしないといけないので、女子は半泣きになるはずだ。体罰でコンクリートに頭を繰り返し打ち付けて脳内出血で死んだ女子もいたという噂もあるので、女子部員の絶対に避けたい体罰だった。今年はまだされた子はいないけれど、ミーティングで約束を守らない子はコンコン体罰をやらせると言われていた。その約束の一つが「部員同士喧嘩しない」ということだった。どういう体罰なのか、女子全員が一度づつコンクリートに頭をぶつけさせられたので、すごく痛いということは分かった。確かにコンと言うので、コンコン体罰と言うのは擬音語だと分かった。キツネが出そうで名前は可愛いけれど、させられると危険だとすぐ分かった。脅しなのか、本気なのかは知らないけれど、そんな副顧問が怖いのは間違いない。だからか、部員同士の喧嘩は見たことがなかった。みんなが健気に全裸で頑張るのは、その約束の一つに「命令されたら、どんなことでも実行すること」という約束があるからだ。もともとマインドコントールされていて従順になっている面もあるけれど、暴力を振るうと脅されている面もあると思う。傍若無人の猿でも、芸をする猿は人間に従順なのと似てると思う。やはり、脅されている面もないと、なかなか地下パイプを通過したり、大勢の前で全裸発表はできないと思う。

 「やだ、臭い」

 「きゃははは」

 「えっ、おなら?」

 「誰?」

 物凄いメタンガス臭い悪臭だった。ほぼ密閉された空間で匂いを出されると、我慢するのが大変だと思う。でも、薄暗がりの中で、抱き合って触り合ってる女子もいて、≪え、レズかよ≫と驚いた。自分と同じ柔らかい体の女子に共感することから起きる疑似的な同性愛なので、気にすることはないと教えられていたとは思うが、本当に目の前で抱き合われると、≪おいおい、大丈夫かよ≫と落ち着かない気持ちにさせられた。でも、その後、ぼくを抱っこしたいと言い出した女子がいて、≪えっ?≫とわが耳を疑ってしまった。男の先生がぼくを抱っこしたがるのは分かるのだ。異性だし、顔が可愛いので、多少はこどもでも抱いてみたいと思うのは自然だと思う。でも、砂だらけの女子が砂だらけの女子を抱いてもザラザラするだけで仕方ないと思うのだ。黙っていたら、後ろから強く抱きすくめられてしまい、振りほどくのも悪いと思い身動きできなかった。普段は何も話さない女子がぼくを抱きしめたいと思っていたとは意外性があると思った。それと同時に、≪ぼくって、そんなに可愛いのかな≫と少し考えてしまった。抱き着かれたといっても、相手は女のこどもなので、可愛い子だし、気持ち悪いとまでは思わないけれど、とにかく驚いた。

 暗いのでスースーと眠ってしまう子もいて、≪寝不足なのかな≫と思った。コンテナに閉じ込められたのが10時過ぎくらいだったので、夕方まで長そうだった。だから寝てしまうのも、案外いい方法かなとも思った。


82、コンテナの中のこども

 コンテナ内に閉じ込めらた時間が長時間だったので、外の人の話し声が聞こえるのが時間つぶしに丁度良かった。真っ暗な場所に全裸で入れられて、どこにも行けないし何もできないので、話し声は面白かった。でも、≪えーっ?≫と思う内容もあったけれど。

 「この子たち、どこの保育園なの。ここって、いつも裸でこどもが運動会とかしてるけど」

 「保育園でなく、幼稚園だった」

 「はあ、だから、少し体が大きい子ばかりだったんだ。でも、どうして幼稚園と分かったの?」

 「だって、乗ってきた幼児バスに、幼稚園の名前が書いてあったんだから、バカでも分かるよ。ほら、あそこの方角に見えるニュータウンに、大きな幼稚園があるだろ。山の向こう側のショッピングモールの近くに。そこ」

 「なあんだ、あそこのチビスケだちだったんだ。でも、あそこって、団地の高齢化が進んだから、今は幼稚園のこどもの数も少ないから、経営が大変と聞いたことがあるよ」

 「経営が大変だから、女の子に派手にパフォーマンスをさせて宣伝してるんじゃないのか。それにバスも古いな。幼稚園の出来た当時のバスでないか。なんでも、あそこは最初から裸保育だったそうで、それで最初は人気がなかったんだが、裸保育が効果があると分かって人気になったんだ。だから、ここでも数年前までは、裸で運動会してたみたいだな。今は人数が少ないので、狭い園庭で十分ということなんだろうが」

 「でもさ、幼児とはいえ、一応は女の子なのに、素っ裸にして丸見えというのは、問題ないのかな。昔なら、いいよ、近所の川や公園の噴水広場でこどもが素っ裸になってたんだから。でも、今はそういう時代でないじゃないの。昔と違い、みんな水着は着て遊んでるよね。それなのに、相変わらず、素っ裸で運動会やらせるというのは、幼児でも恥ずかしいんじゃないかな」

 「恥ずかしいかどうかは、チビッコでないから分からんが、だから、どこの保育園でも裸保育を中止してるんじゃないかな。それどころか、裸は紫外線を浴びて健康に悪いと、園のガラスをUVカットのガラスにしたり、こどもが紫外線を浴びないように帽子などで防御させてるところもあるからな。確かに、このところ、お国も方針を変えたし、『たとえ幼児であっても丸出しはけしからん』と言い出した人も多いな。昔から裸保育で丸裸にしていて、既得権益になってるから、丸見えの運動会も続いてるけど、他所だと、もう裸で運動会させてる所はないだろ」

 「裸でもいいんだけど、丸出しだと、エッチで気持ち悪いと思う人もいるんじゃないの。小便、出しそうで。短パンとか穿いてれば、はだかでも気にしないのかもしれないけれど」

 「短パン穿いてる運動会なら、まだ全国にあると思うぞ。でも、それも、どんどん無くなるんだろうな。そう考えると、きょうの踊り発表会は、丸見えという意味でも、女の子ばかりという意味でも、希少価値があるかもしれないな」

 「でも、丸見えってエッチだよね。いくら幼児でも丸見えでいいのかな?」

 「そう思う人もいるから、もうすぐ、ここの空き地でも裸で運動会なんて無くなるのかもしれないな。とりあえず、きょうはチビスケが丸出しで踊るのが面白いから、見ていけばいいよ。丸出しでなければ、見る人いないだろ。あんな幼児の踊りなんて」

 「なんか、お腹空いてきたね」

 「そうだな。今は閉じ込められてるだけで、夕方までこどもは出してもらえないようだから、さっき話してたショッピングモールで買い物と食事をしてくるか」

 「うん、そうしようよ。映画も見たいし」

 「そうだな。そういえば映画も昔みたいなロリータ映画が減ったなあ。小さい子は可愛いのになあ」

 「あんたの趣味で映画作ってるわけでないからね」

 「女のこどもに、こんなことさせていいのかよというような、凄い映画もあったのに、つまらなくなったなあ…」

 「それよりさ、さっき救急車が来てたでしょ」

 「ああ、倒れた幼児がいたな。幼児は稀にだが突然死することがあるから、仕方ないじゃないかな」

 「え、死んでた?」

 「生きてるか死んでるかは知らないけれど、救急車来る直前まで人工呼吸したり、心臓マッサージしたりしてたな。大人が口をつけて、フーフー息を吹き込んでいたけれど、息を吹き返してるようには見えなかったなあ」

 「助からなかったんだ」

 「生まれてきても助からないで死ぬ赤ちゃんがいるようなもので、たまに死ぬのは仕方ないことだろ。大人が死ねば大変だけど、赤ちゃんみたいのが死んだだけだから、ちょっと残念というだけだろ。昔はひい爺さんの時代は間引きで、余分なこどもは殺してたくらいだから、別に小さい子は死んでも、どうということはないんだ」

 「今は今だし、昔は昔なんじゃないの。いまどき間引きしてたら逮捕されるでしょ」

 「今はな。でも、昔は実際に絞め殺したり、押しつぶしたり、水に沈めたり、焼き殺したりしてたんだから仕方ない」

 「惨いことを」

 「それでも、中国人みたいに、食うためにこどもを殺したりしてるわけじゃない。経済的な大人の事情もあるんだから非難はできないさ」

 ≪あれ、吉田は助からなかったの? そうだったんだ≫と耳を疑ったのだが、それはぼくだけでなく、他の女子もだったのではないだろうか。

 色々な話を聞いたが、幼児と勘違いしている話し声が多くて驚いた。でも、そこまで幼く見られてるんだと、少し興奮してしまった。あんなワレメとかオチンチンとか丸出しで運動会してた幼児たちと、同一視されてるんだと思うと、嬉しさと恥ずかしさでドキドキするのを感じた。12時くらいになると(実際の時間は分からない)、空き地にいた人々もランチタイムに近所の店に行ったのか家に帰ったのか、人の気配が減って、辺りは比較的静かになった。ここへ来るときに公園の無料駐車場が満車状態だったのは、ぼくたちを見る見物人の車だったんだろうな、と、思った。

 お尻がずっと座っていて痛くなったので立ち上がった。狭いコンテナの中はこどもの息が充満してるかんじで、外は寒いくらいだったのに、中は裸で丁度いいくらいの室温だった。これが夏なら熱射病で全員死亡なんだろうが、秋なので窮屈で居心地が悪いだけだった。体罰で昔は蔵とかコンテナなどにこどもを閉じ込めることは日常茶飯事だったようだ。そういう体罰と同じ状態にされているのだから、快適なはずはなかった。でも体操部の体罰で小さなダンボール詰めにされるよりは楽だったので、大人しく我慢するしかなさそうだった。

 それから、正午のサイレンが鳴った頃には、ぼくはトイレに行きたくて、そわそわしていた。コンテナに入れられる直前に、真っ先にトイレを済ませた白木が羨ましかった。その白木はコンテナで静かに正座して、何かを反省してるみたいだった。≪へえ、相変わらずいい子なんだ。どうして、ランボが白木を贔屓するのか、分かるなあ。完全にいい子に洗脳されてるんだもの。でも、足が痺れないのかなあ≫と思った。

 お昼寝気分で少し眠った。そうしたら、小さなパタパタという鉄板の音で目が覚めた。雨音が微妙に聞こえる。

 「あれ、雨みたいなのら」

 「うそー、午後の発表は雨の中なのかな」

 「器械体操でないから、雨でも晴れでも同じだよ」

 華子は楽天的に考えているようだったが、雨の中で「変な踊り」をするのは辛いと思った。はやく晴れて、夕方までには天候が回復してほしいと思った。天気予報は曇りのち雨だったが、天気予報なんて絶対に当たるものでもないので、「変な踊り」が「大変な踊り」にならないように、雨には上がってほしいと思った。


83、昼寝の後

 暗いしやることもないので昼寝して、昼寝から目覚めたのだが、どのくらいの時間寝たのかは不明だった。華子によると30分くらいという話だったが、もっと長く寝ていた気がした。

 オシッコが我慢できないほどではないけれど、したいのは事実だったので、夢の中でもオシッコする夢を見てしまい、あやうくオシッコしてしまうところだった。もしすれば狭いコンテナなのでオシッコの匂いが充満することになるので、しないで良かったと思う。小学校の校庭になぜか素っ裸でいて、オシッコしようと、足を開いたところで目がさめた。

 目が覚めると、さっきより尿意は強く、耐えられる程度だったが、≪まずいな…≫と思った。今朝、最低限度の飲み物で済ませていて良かったと思う。もし、気まぐれでガブガブ飲んでいたら、耐え難い苦痛を味わってるところだった。

 とりあえず尿意は強いが、なんとか我慢できる程度だったので、このままさらに尿意が強くならないでほしいと思った。でも、時間が経過するにつれに、じわじわと尿意は強くなっていくのが分かった。ジュースを飲んだので、その分なのかもしれない。夏のように、皮膚から蒸発するならいいんだろうけれど、そうでないので、飲んだ分は僅かな量でも加算されるということなのだろうか。

 目が覚めてからは、単純に狭い場所に閉じ込められてる感覚で、事実その通りなのだが、まるで体罰でコンテナ詰めにされてる女児たちみたいな気分だと思った。体罰であろうと、体罰でなかろうと、コンテナに入れられてることは同じなので、どちらでもいいようなものだが、やはり体罰だと同じことでも反省しないといけない惨めな子だし、体罰でないなら訓練なんだから大変なだけなんだという開き直りができる分は楽だと思う。

 「起きたの?」

 「うん」

 「実はね、わたしも麻衣ちゃんのこと好きなんだ。今まで黙っていてごめんね。でも、こういう状況だから、黙っていられないんだ」

 「へえ、好きだったんだ」と言いながら、≪こういう状況って、どういう状況で、黙っていられないことと、どういう因果関係があるの?≫と思った。

 「うん、麻衣ちゃんて、わたしそっくりなんだもん。だから気になっていたんだ」と、立ち上がった麻衣の隣へ移動してきた。

 「大好き」と、肌を密着させてきたので、≪え、また?≫と驚いてしまった。両足で片足を挟むようにして、足と体をぼくに密着させてきた。でも、ぼくとしてはオシッコしたいと思ってばかりいたので、全然ロマンチックな気分にも、肌を密着させることによる親密感にも、浸ることはできなかった。尿意は既に我慢できる程度なものの、それを忘れてしまえるほど軽いものでもなかった。

 「やあん、こんな可愛い子と肌を密着させてると思うと、興奮だっ」と、無邪気にA?を喜んでいた。性教育では、性交までの段階として、肌と肌を密着させるのはA(ペッティング)と習った。今の状況は、同性ではあるものの、Aそのものの気がした。「コンテナにいるのも訓練のうち」と数日前副顧問に言われていたので、≪大変だけど、これも訓練なんだ≫と狭い場所で頑張ってたけれど、≪ここでAをして喜んでいたら、エッチなお店みたいなものさ≫と思った。訓練中なんだから、変なことは避けたいところだったが、狭いコンテナの中では逃げ道がなかった。5分くらい、全身の肌に全身の肌で触られてしまい、その後にキスをされてしまった。顔がほとんど見えない暗闇なので、相手の表情は分からないが、小さくて乾いた清潔感のある唇だなと思った。更に触られるかなと思ったけれど、それでAは終了だった。その後は眠気や尿意と戦いつつ、耐えている感覚が強かった。

 長時間我慢して、ようやくコンテナの開錠の音がした。さっきの車の音は幼児バスが戻ってきた音だったようだ。

 外へ出される時、「お、出てきた、出てきた」と踊りの開始を待っていた見物人から言われた。コンテナのドアを開いたのはランボではなくて副顧問だった。ランボの姿はなく、あれっと思ったけれど、用事で顧問は来れなくなったと副顧問の説明があった。

 オマルが出されたので、急いで今度は列にすぐに並んだ。オシッコをこらえていたらしく、顔色の悪い女子もいた。白木たち、さっきオマルを使った女子はすましていたのに、使わなかった女子は落ち着きがなかった。オマルを出されると、ますます尿意が強くなってしまい、両足を擦り合わせていたら、笑われてしまった。でも、他の女子も、足で落ち着きなく地面を踏みつけていたり、指でワレメを押さえていたり、太股で手を挟んでいたりと、我慢していたのはぼくだけでなかったと知った。10時から、ずっとコンテナの中なのだから、それもそうかなと思った。

 「オシッコしたいんだって、幼稚っぽいね」

 「小さい子は、可愛いね」

 「恥ずかしい」

 さっきは余り見てる人もいなかったのに、今回は大勢の人の見てる前で放尿しないといけないので恥ずかしかった。でも、じゃあ、このままオマルを利用しないで学校まで我慢できるかというと、かなり状況は切迫していて、それは無理だと思った。

 自分の番になり、オマルにしゃがむと、大勢の人の視線がぼくに集中するのを感じて赤面してしまい、なかなか尿が出てくれなかった。でも、さっきみたいに5分と時間制限のない分ましだった。時間制限付きなら、ぼくの後ろに並んでる子から腹を立てられたと思う。ところが、今度は一度放尿が始まると、なかなか放尿が止まらなかった。

 「可愛い顔して、いっぱい出してるぞ」と、笑われたけれど、顔と尿の量は何も関係がないと思った。全部出し終わったら、雫が付いていたので、右手でサッと拭った。それから蛇口の所へ行き、手洗いと、うがいをした。性器も午前の踊りのせいか、微妙にザラザラとしていて砂が入ってるのが分かったし、水洗いをしたかったけれど、部員だけでなく他の人も大勢見てるので、洗うのは止めた。

 小雨程度だなと思ったが、積算雨量は多いのか、午前中と違い、空き地は多少ぬかるんでいるようだった。

 コンテナを出されてから、発表まで30分ほどの時間があったが、その間にどんどん雨が激しくなってきて、傘を用意してない人は帰ってしまったり、屋根のあるバスターミナルから眺めていた。運動場にいる見物人は半分になったけれど、それでも午前中の3分の2くらいの人がいた。みんな雨傘を差して見ていた。副顧問は透明な簡単な雨合羽を羽織っていたし、フードも付いていたので、傘なしでも大丈夫そうだった。ぼくたち女子は髪や体は濡れてきたけれど、でも服や下着は着用していないので、服などが濡れる心配はなかった。終了後は学校で乾いた体操着を着て帰れそうだった。

 雨で体温が奪われるのか、女子は「寒いね」と言っていたが、雨は自然現象なので仕方がないことだった。コンテナは既に全員出た時点で施錠されてしまい、もう利用することは出来ないようだった。

 夕方だからか、雨雲が分厚いせいか、周囲は昼間にしては、かなり暗くて、バスターミナルは昼間は消灯してあるのだが、現在は蛍光灯が明るく灯っているのが見えた。もともと、ただの空き地をそのまま利用してるかんじのグランドなので、雨脚が強くなると、あっという間に水溜まりが出来てきて、水溜まりと水溜まりが繋がって池のようになってる場所まであった。雨に降られると保育園なら即座に運動会中止なのだから、こういう水はけの悪い空き地でも十分なのだろうけれど、雨天決行の厳しい女子中学生が発表する場所としては、少し設備が悪すぎる気がした。自然現象なので仕方ないのだが、嫌がらせのように、どんどん雨が強くなり、発表前に全身がずぶ濡れ状態になってしまった。

 「雨でもサッカーの試合があるのと、同じことだ。雨で中止する理由がない」とミーティングでも言われていたので、どれだけ豪雨になろうと、決して中止になることは無さそうだった。しかし午前中の秋らしい空が一転して、冬空のように重々しい雲に覆われていた。これだけ雨が強くなるとCDラジカセの音も聞きづらいのではと思った。聞こえないなら、周囲に合わせるしかなさそうだった。

 発表時間より5分ほど前に整列をした。雨の中できおつけしていると、まるで体罰中のこどものような気分だった。

 「こんなに降ってるのに、中止じゃないんだ、可哀想」

 「もう、ずぶ濡れだったから、もう雨が多いも少ないも関係ないだろ」

 「やだ、きおつけさせられてるよ」

 「幼稚っぽいね」などと、話しているのが聞えた。開始時間前なので、普通に空き地の中央付近にも見物客がいた。2分前くらいになって、「変な踊りが始まりますので、見物の方は周囲へ移動をお願いします」とようやくハンドマイクでアナウンスされたので、近くできおつけを見てる人はいなくなった。まるで雨の中で叱られて立たされているような姿なので、近くで見られると少し照れる気がした。

 副顧問はバスから出してきた小さな椅子に座っていて、その横の小さな台の上にCDラジカセがあり、防水家電でないので雨傘をラジカセに乗せてあった。強い尿意はなくなったけれど、今度は寒さを感じて、きおつけしていても、寒さで体が震えているのが分かった。発表と発表の間は自由時間と気楽に考えていたら、我慢大会みたいになってしまった。どうせ部員と僅かな見物人だけなのに、たいして恥ずかしい訳でもないのに、さっさとオマルの列に並ばなかったことが原因だとはいえ、予想を超える大変な一日となってしまったようだった。

 きおつけ、も、体育の授業の時のような中学生らしいきおつけなら恥ずかしくないのだけれど、まるで幼児みたいに背筋を伸ばしてお尻を突き出したセクシーなきおつけを女子全員させられているので、その姿勢で5分間いるのは、やはり恥ずかしいなと思った。でも、仕方がないので雨の中で我慢していたのだが、恥ずかしいだけでなく、どんどん寒く感じられてきたので、体の震えを抑えることが出来なくなってきた。


  84、午後の発表

夕方、ようやく発表になった。1回目と2回目の発表は、普通はある程度連続することが多いのに、こんなに時間が離れているのは、長時間コンテナ詰めにされることに耐えさせるメンタルトレーニングの面もあったのあろうな、と、後になって思った。そして、必要なことなのに、目先の心地よさ(見栄えの良さ)にこだわって行動すると、後で途方もない竹箆返しが来るということも学んだと思う。今後は部活で、必要なことは白木のように迷わずにするようにしないと、今日はたまたま大事にならないで済んだけれど、結局は酷い目にあうのは自分なのだと知った。

 整列から発表への移行は、CDラジカセの音だけで、劇的なものは何もなく、午前と同じことを繰り返すだけだった。全員が四散してから、吉田の倒れた辺りを見たのだが、深い水溜まりが出来ていて、午前中とは様変わりしていたので、どこら辺で倒れたのかはよく分からなかった。少し草が生えていたような気がしたのだが、その草すらどこにあるのか分からなかった。ノーガードで倒れるのは、体全体で倒れれば衝撃は少ないと知り、≪バタンと普通に倒れればいいんだ≫と学習したので、午前中ほどは怖くなかった。白木は慣れているのか、遊びでバタンと倒れてみせたくらいで、普通に倒れればいいだけなんだと、水溜まりめがけてぼくは普通に倒れてみた。案の定、普通の体操の種目の一つのように、上手に倒れることができ、全身に受けた衝撃もふつうだった。弱いものでもないけれど、全身に一時的ダメージがあるような強いものでもなかった。ただ、衝撃がふつうというのは、全身にダメージが平均的に分散された場合であって、体の一部で接地すると逆に全体重が一か所に集中するので逆に危険だと分かった気がした。怖がったり怯えたりして、おかしな倒れ方をすると、擦りむいたり強打したりしかねないと思う。1度でノーガードで倒れるのを体得できたのは、なぜか1度目にスローモーションのようにゆっくりと感じられて、落ち着いて平均して倒れられたからだ。足から頭まで全部が同時に倒れるのは怖いけれど、それが一番安全だった。

 2度目のノーガードは遊びの一種のように、なんなく倒れられた。それは麻衣の運動神経が割と良いこととも関係していたのかもしれない。麻衣よりも遥かに運動神経の良い華子が遊びみたいに「倒れるのが面白いのら」と面白がっていたのが理解できた。麻衣は2回目から面白くなったけれど、運動神経のいい華子は1回目から≪なんだ、こんな程度のことか≫とイメージが湧いて怖くなく、面白い遊びの一種のようにしか思えなかったみたいだ。その一方で1回目にむきになって必死で倒れた子のなかには顔を擦りむいていた子がいた。恐怖のあまり、無理やり倒れ込んだら、尻が残った形になり顔から突っ込んでしまったんだろう。それでは水泳の飛び込み台からの飛び込みと同じで前方へ移動することになるのだから、顔を擦りむくのは当然と思う。足の位置が固定されているのに、顔が手前で接地してしまえば、顔が地面を前方に滑ることになり、それは危険に決まってる。副顧問が「何も考えるな、何も考えずに、バタンときおつけのまま倒れろ」と言った通りにした子は、怪我もなく、ダメージもなかったのだと思う。素直に言われた通りにできない子が、擦りむいたり、ぶつけたりして、痛がってるだけなのだと分かった。吉田は倒れ方が悪かったと、コンテナ内で見ていた部員が言っていたのだから、素直さが足りなかった代償として、頭をぶつけたのだろうと思う。仮に頭をぶつけて救急車なら自業自得なのだろうなと思った。言われた通りに普通に倒れれば簡単で、そんな難しいことでも危険なことでもないのは明白だ。勝手に頭から落下すればダメージがあるのは当然だと思った。

 

 1度目は命がけの気分だったが、2度目は遊び感覚だったので、1度目よりもはるかに上手に、全身が平均して着地した。体が受けた衝撃も1度目より驚くほど小さく、≪まるで遊びのような技だな≫と思った。でも、見てる人には割とショッキングみたいで、「あんなこと、させられるんだ。小さい子なのに可哀想」と近くの見物人が言っていた。水溜まりが出来たので、雨傘の人々は周囲の外側が少しだけ高いので水溜りがないので、そこに立って見ている人が多かった。周囲が高いせいか、余計にグランドは池のようになってしまっていた。5分ほどきおつけしていた間に水溜まりは全部つながってしまい、全体が大きな水溜まりのようになってしまっていた。

 物理的な衝撃は僅かで、何もダメージもなかったのだが、倒れてみると、泥水の中に倒れさせられたようなものだった。麻衣の倒れた場所は早くから水溜まりだったような低い場所で、バシャという水音よりは、ザブンというかんじだった。水のせいで、さらに衝撃は減ったのかもしれないが、見物人の目からは、泥水の中へバタンと倒れるこどもの姿が痛々しく見えたのか、1回目では余り耳にしなかった「可哀想すぎる」とかいう声が聞えた。見た目には、こどもが銃撃を受けて倒れるかのように、ノーガードで泥水の中へ倒れるのだから、ショッキングなのは何となく分かる気がした。もしぼくが部員でなくて、見物人だったとして、同じものを見せられたら≪うわ、悲惨な子たちだな≫とショックを受けてしまったと思う。

 倒れた後、顔が泥水の中に入ってしまい、痛くもないし擦りむいてもいないのだけど、惨めさ満点だった。泥水の中に倒れるなんて惨めな子に決まってるけれど、顔を泥水に打ち付ける感覚が、とても惨めにかんじられる感覚で、思わず涙ぐんでいたと思う。

 腹の辺りは水深が2、3㎝くらいありそうだったけれど、顔の辺りは偶然にも1㎝ほどだったので、少しだけ顔を横へずらすと呼吸できた。倒れたら動かないように言われてるけれど、白木のように死体の間は呼吸を止めてるほど発表にむきになっている訳でなかった。1分なら分かるけど、2分も死体を続けないといけないのに、呼吸を我慢してるのは辛すぎてやりたくなかった。そんなことしたら、気絶する直前になってしまうと思う。顔を少しずらしたのは狡いのかもしれないけれど、こどもが水槽に沈められて呼吸を我慢する発表なら2分我慢するけれど、これはそういう発表ではない。そもそも呼吸を我慢しろとは言われておらず、なるべく最低限しか呼吸をしないようにと言われているだけだ。最低限の呼吸すらできないのなら、少しだけ動くのは仕方ないと思う。白木は呼吸をしないと言っていたけれど、それは自発的にやってることで、麻衣はそこまでやりたいと思わない。だから、白木はランボに贔屓されてるし、ぼくは普通のままなのかもしれないが、ランボに贔屓されたくて部活をしてる訳でないので、それはどうでもいいと思う。でも、水深の深い場所に顔が倒れてしまった女子はどうしているんだろうと思った。水深のある場所だと、うつ伏せに倒れるのだから、顔を少し動かした程度では呼吸できないと思う。倒れた状態のままと言われているのに寝返りもできないだろうし、かといって白木のように最初から呼吸なんていらないと思ってる訳でないだろうし、どうしてるんだろうと思った。後で聞いた話では、水深が深くて呼吸できない部員は何人もいて、動けないから最初は息ができないまま我慢していたんだけど、苦しくて体が悶えてしまい、途中で顔を動かして空気を吸ったという話だ。「それでも、水中で1分くらいは我慢してたんだよ」と我慢した本人もそう言っていた。発表で実際に本物の死体になっていた子もいたのだから、死体のふりをしてるだけなのだから泥遊びと大差ないと思う。たまに死に真似をする幼児とか低学年の子とかいるけれど、そういうチビッコ感覚の泥遊びだと思えば、遊び感覚の発表と言えなくもない。でも、近くで見てる見物人にとっては、晴れた時の発表に比べて、大雨の中での発表はショッキングに見えるのは事実らしい。午前中ほど、愉快に面白がる人は少なく、≪やだ、可哀想に≫というエッチな見世物になっていたんだと思う。

 全裸で裸足なので、倒れた瞬間に泥水を感じるので、余計に惨め感が強かったのかもしれない。でも、不思議なことに倒れた後は、驚くくらい水の冷たさは感じなかった。寒さも、忘れていた気がする。やはり、可哀想なことをさせられると、脳内物質が出るので、辛いはずが、逆に気持ち良くなってしまうんだと思う。土砂降りの中全裸で発表させられると、多くのこどもが気持ち良くなってしまったみたいで、「また、させられたい」「大雨の中でさせられたい」という部員が終了後に何人もいた。こうやって、どんどん酷い事に病みつきになって、最後は白木みたいになってしまうんだと思った。

 2分間の死体が終わり、≪こんな恥ずかしい姿を見られるなんて、エッチだな≫と思った。土砂降りの空き地に全裸の女の子が倒れてるんだから、すごくエッチな想像されても不思議はないと思った。


 85、雨のラテンのテーマ

 雨でバスターミナルの屋根の下なら、金属の屋根を叩く雨音でうるさいだろうが、グランドでは雨は地面に落ちているので、思ったほどにはCDラジカセの音は聞き取りにくいということはなかった。CDラジカセにしては大出力なのかしらんと、思った。だから、ラテンミュージックのテーマ音楽も、雨にもかかわらず、意外にハッキリと聞き取れた。これなら発表に支障は無さそうだった。もっとも、きおつけしていた時の集中豪雨的な雨は「死の踊り」という名の倒れてるだけの2分間にかなり弱まり、普通の雨降りというかんじになっていたせいもあると思う。体の前方にたくさん泥が付いていて、土人の踊りみたいになってしまったが、「死の踊り」ほどは雨の影響はない発表だった。これは、ずっと立って踊るので、他の踊りのように、寝転んだり、死体になったりしない分は、泥水の中は足だけというかんじで、手軽に楽しんで踊れたと思う。でも、こんな雨の中で素っ裸で何をしてるんだろうという気分にさせられる。軽薄で下品な踊りで、まるで低学年男子がふざけて教室でオチンチンを振り回してような踊りだなというのも、その気分を倍増させた。女子体操部のことを「変態部」とか口の悪い男子が言うのも納得だった。もし強制されてやってるんでないなら変態そのものだと思う。もっとも、場所を知らないのか、隣町だし雨だし運動会で全裸は見たしで、余り興味が起きないのか、学校の生徒はほとんどいなかった。去年もここだったなら、多少は2~3年生なら知ってそうなものなのに。もっともバレエとか新体操の発表みたいな格好いい発表でないので、来ないのは幸いかもしれなかった。でも、男子が「変態部」という気持ちはよく分かった。なぜなら、発表だけでなく、練習も変態な練習をさせられることがあるからだ。ぼくが一番変態と思ったのは、中学校近くにある公園での最近の練習で、木馬にまたがらさせられた練習である。木馬というのは公園にずらっと並んでる。名古屋だと庄内緑地公園の遊具広場に設置されてるみたいな木馬なのだが、こちらの木馬の方が少しシンプルな形状だと思う。要するに木材で作られた木馬なのだ。木馬は馬にまたがらせて精液を採取したりするのに使われてるのを知ってるので、サイズこと小さいが同じような木馬にまたがらさせられるのは≪うちら、馬かよ≫と少し赤面な気持ちにさせられてしまうようだ。でも木馬なんて子供ならみんな跨ってるので、跨ること自体はエッチではないと思う。多分ぼくが「ませてる」から、種付け用の木馬とデザインが酷似してるだけでエッチな想像をしてしまい≪馬みたい≫と勝手に赤面してるだけなんだろう。でも、跨ることではなく、練習そのものというか、木馬の利用方法が変態だと思うのは、麻衣だけでなく部員全員が内心で思ってることだろうと思う。ちなみに、よく似たデザインの木馬を発見したので、写真を載せておきたいと思う(下の2枚参照)。これよりは、もう少し木材の上の部分が尖ってて三角木馬に近いかなと思う。少女三角木馬責めとかいうエッチな映画(題名が恥ずかしい)があると聞いたけど、それよりはマシだとは思うけれど。

 高校の女子演劇部でさせられてることが多いオナニーするメンタルトレーニング(スクールセクシャルハラスメントという本に高校演劇部での実例が載ってるので、嘘だと思う人はその本を読んでみてほしい)を、ここの中学女子体操部でもさせられたというのは以前に書いた通りである。多分、部活のカリキュラム原案を作成した人の中に演劇部関係者がいたのかもしれないが、高校生ならもう実際にオナニーしてるだろうからメンタルトレーニングに取り入れても普通な面もあるかもしれないが、まだオナニーすら未経験な中1にオナニーするメンタルトレーニングをさせるのは変態な子に育つかもしれず教育に良くないと思うけれど、そういうリスクは承知のうえで、それでもメンタル面を強化したかったということなのだろうと思う。

 実は公園の木馬の上で、女子体操部員全員がオナニーするメンタルトレーニングをさせられたことがあるのである。もちろん単なる練習だし、校外だということで、全員ブルマは着用していた(いつも通りのブルマ1枚姿だった。もちろん下着は未着用)。ブルマの上からだけど、全員、「オナニーするメンタルトレーニング、よーい、始め」とか言われて、木馬の上でブルマのスジを指で上下に擦って、オナニーの真似事をさせられた。表面を撫でてるだけだけど、させられてる場所とシチュエーションから、凄く変なことをさせられてるなと、ぼくは思った。部活でさせられてるんだから仕方ないことだけれど。みんなも同感だったみたいだ。木馬の上でオナニーというのが、変態チックだと思った。それで、そのメンタルトレーニング以降は、木馬のことを女子部員は「オナニー台」と言うようになり、おかげで、この木馬を見るだけでエッチな気がするようになってしまった。

 問題は、その「オナニー台」で、させられる事で、この台の上で一斉に「つばめ」をさせられるのだ。腹這いで「きおつけ」して、その後、ピーンと手足を伸ばしてエビぞるだけだけれど、こんな形の台の上でさせられるのが恥ずかしかった。公園の人も見てたので、さぞかし幼稚っぽいチビスケたちと思われてしまったと思う。でも、もう一つ恥ずかしい技があって、木馬に馬乗りのなり、そのまま体をエビぞらせて前傾姿勢になり、両手は木馬の前方を持つという技だ。跨ってるだけみたいな技だが、エビぞってるのと、両手を前方にそろえているのが、全体としてはエッチだと思う。まるで木馬にまたがる快感でエビぞってる恥ずかしい少女みたいな姿だと思う。こんな、簡単で恥ずかしいだけの技を大勢で一斉にさせられると、かなり恥ずかしいと思う。昼間の公園は結構一般の人の利用があるからだ。まるで少女三角木馬責めをされてる途中を見られてる感覚だと思う。木馬の丸太の太さも絶妙で、女の子のマタが完全に開かれるでも閉じるでもない、中途半端に開いたまま、しかし絶対にまたがってる間は閉じられず、体重が前傾してエビぞると全部性器付近にのしかかってくる。まさに少女三角木馬責めの世界だと思う(もちろん映画は見たことがないが)。全員に恥ずかしいことをさせることで、恥ずかしいことでも頑張る快感を覚え込ませていたのだと思う。一種の洗脳で、本人は恥ずかしいとかバカみたいと思ってるんだけど、気持ちいいので、再度させられたくなるということなんだと思う。昔のこどもはバカだから、先生の言いなりになっていたのでなく、先生の言いなりになると集団欲が満たされたり、いい子なんだという自尊心を満たされたりして気持ちいいから、従っていたんだと思う。今のこどもは先生の言うことをきかないけれど、それは快感の面で損してると思うのだ。体操部にいると、今のこどもの気持ちも、昔のこどもの気持ちも理解できるようになるから、それだけでも賢くなれると思う。

 「オナニー台」の上で「つばめ」や「エビぞり」をさせられるのだから、それを男子も目撃してるのだから、「変態部」と言いたくなる気持ちは当然と思う。

 でも、これは単なる「変態」な一例にすぎない。裸教育なので仕方ないけれど、そもそも女子が脱ぐことからして「変態」なことだと思う。幼児や低学年ならいいけれど、高学年とか中学生が脱ぐということだと、それだけでかなり変態チックだと思う。

 でも、そういう練習もあったから、恥ずかしさにも負けず、人前でオチンチンを振り回す低学年の子みたいな変態チックな踊りを踊れたのだと思う。何の練習もなしでは、素っ裸で、ほれほれ性器みろみろ的な踊りは照れてしまい無理と思う。

 体力的には午前の発表から今までずうっと休憩していたようなものなので、ぼくは余裕綽々だったけれど、でも午前中と違うのは、まだぼくの右のお尻が痛いことだった。痛くて歩けないとか、痛くて踊れないほどでは決してないけれど、踊りながらも右のお尻が痛いのは事実だった。自分で叩いたお尻なので、誰を恨むこともできないけれど、右のお尻が痛いことを我慢してラテンダンスをするのは、痛くない状態でするよりは大変だった。しかも雨は止みそうにもない。右のお尻が痛いだけでなく、雨もぼくの体力を奪っていくような気がして、軽薄で恥ずかしい踊りであることと相まって、2度目の発表の方がやや大変だったと思う。死の踊りは経験で簡単になったけれど、ラテンダンスは、お尻が痛いとか雨とか経験が役立たないことばかりなので、ようやく終わった時には≪ほっ≫とした気分だったと思う。でも、立ったままだったので、それでも気楽は気楽だったし、軽いノリで踊れたと思う。というか、こんな踊りは軽いノリで割りきってやらないと、恥ずかしくてやってられないと思う。







i MAI me (愛 麻衣 みい) ~裸教育児の久保田麻衣小学生物語

小学生時代の麻衣を物語風に脚色して連載風に不連続で投稿するブログです。ぜひ愛読者になってください。基本はノンフィクションですが、物語なので面白く脚色されています。ごく普通の6年生の女子小学生(わたし)が、裸教育の小学校に入れられてブルマ1枚にされて学校生活をし、最後にはバレーボール1個を持って半泣きの全裸マスゲームをさせられるまでの日々を日記風に描いたものです。おもしろエッチなので、ぜひ見てね。

0コメント

  • 1000 / 1000